バイオマーカー・トピックス No.3(2008・3・20)
バイオマーカーの探索・発見・適応への関心が内外で急速に高まってきています。トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクス等のポストゲノミクス研究の急速な進歩と実用化、テーラーメイド医療の進展、癌などの各種疾病の早期発見・診断への関心の高まりなどを背景に、それに寄与できるバイオマーカーが注目されてきているからです。
「バイオマーカー・トピックス」は内外で発信される数多くのニュースや雑誌記事、論文などから適宜選んで、その要約やポイントを日本語で紹介するものです。
皆様の研究活動やビジネスに少しでも役立てばと願っています。
なお、翻訳はサイリックが担当しており、専門用語などは的確でない場合もあることをご容赦ください。また長文の場合はサイリックの判断で一部のみを紹介しています。正確なことは直接原典で確認してください。(多田 丞)
(2008年3月1日)
ゲノミクス、プロテオミクス、そしてグライコミクスの始まり
産業技術総合研究所・糖鎖医工学研究センター・センター長 成松 久
『バイオサイエンスとインダストリー』2008年3月号(JBA刊) P122-123
<要旨>
ゲノミクスからプロテオミクスへと世代が推移し、誰しもそれであらゆることが解明できると錯覚しているかもしれない。しかし、生物学はまだまだ奥が深い。遺伝子、タンパク質が第一、第二の生命鎖ならば、第三の生命鎖が糖鎖である。
糖鎖は、遺伝子産物である糖転移酵素を介して合成され、副次的にタンパク質や脂質に付加される。細胞膜や血清中のタンパク質はすべてが糖鎖を付加された糖タンパク質であるといって過言ではない。これらの糖タンパク質、糖脂質が生理活性を発揮するには、糖鎖部分の構造が大きな機能をはたしている。
未知のバイオ分野である糖鎖機能の解明には、以下の順で研究を進める必要があった。
(1) 糖鎖部分の合成機構の解明
糖転移酵素を主とした糖鎖合成に関わるすべての糖鎖合成遺伝子を網羅的に解明する。この数年の間に、ヒト型糖鎖の合成にかかわる遺伝子を網羅的に発見し、それをリコンビナント酵素として発現利用してヒト型糖鎖をかなりの種類まで合成できるようになった。唯一の弱点はヒト由来糖移転酵素は不安定であるがため、糖鎖の大量合成にはほど度遠い状態で、まだ数ミリグラムの単位でしか合成できない。
(2) ヒト型糖鎖ライブラリーの合成のおかげで、それらを標準糖鎖構造として、糖鎖構
造解析技術の開発に供することができた。主に二つの異なる技術開発を推進した。
(ⅰ)質量分析装置による各種の標準糖鎖構造を解析し、その結果を膨大なDBと
して格納した。
(ⅱ)糖鎖構造を完全決定するのではなく、異なる分子や異なる細胞の糖鎖構造プ
ロファイルを比較だけでも、様々な局面で大いに役立つはずである。
(3) わずかここ7年間で開発してきた前述の技術を、バイオ医薬品産業面に応用する局
面に入った。糖鎖構造が大きく関与する疾患として、がん、再生医療・生殖医療、免疫疾患、感染症などがあげられる。糖鎖は細胞の分化・がん化により大きく変化し、その細胞分化の度合いを見事に反映する。がん化における糖鎖構造変化を鋭敏に簡便に同定できれば、各種のがんの早期診断やがんの悪性度の判定ができることにより、がんの治療指針に大いに役立つ。バイオ医療分野での大きな産業化の波となる可能性がある。
糖鎖研究は日本が最も盛んで世界をリードしてきた事実は間違いない。ここはさらに総力を結集することにより、有用な糖鎖バイオマーカーを次から次へと発見し、診断に役立てる。さらにその生体内機能を解明すれば創薬のシーズとつながるはずである。
(2008年3月6日)
-遺伝子解析でメタボ改善-琉球大が「バイオバンク構築」
沖縄タイムス 3月6日朝刊1面)
琉球大の研究グループでは、沖縄県の健康長寿再生に向けて、沖縄県在住者の健診データから、メタボ改善や医薬診断薬に有用なバイオマーカー遺伝子を研究している。
研究グループは、琉球大学(リーダー 遺伝子実験センター 准教授 長嶺勝)、県総合保健協会、豊見城中央病院、ちばなクリニック、とハプロファーマ沖縄研究センター(うるま市)からなる。
遺伝子解析はハプロファーマの先端技術を用いた。これまで臨床データとの関連解析から興味深い結果も見出されており、今後データ数を増やして検証を継続する。
臨床試料は協力医療機関で収集後、琉大遺伝子実験センターにて二重匿名化して保管。
既に1,500例収集。今後4年間で5,000件を目指す。また、健康長寿者のバンクも収集。
2月2日には石垣島白保地区の健康長寿家系の6人兄弟姉妹(平均年齢90歳)の長寿祝賀会が市長参加の下で盛大に行われ、琉球大からは研究協力の感謝状が贈呈された。沖縄県には3台の次世代ゲノムシーケンサーも新規に導入されることから、今後ゲノム・エピゲノム解析を通じた、長寿関連遺伝子の探索も行う。
4月からは糖尿病予備軍や境界型群への予防介入研究を本格化させ、特定保健制度下で実施する遺伝体質判定に基づく効果的な保健指導方法を開発し、臨床評価して、ハプロファーマが中心となって事業化を目指す。
本研究は沖縄県バイオベンチャー企業研究開発支援事業の採択を受けて2005年度から3年間実施した。
<研究機関紹介>
老化ゲノムバイオマーカー研究チーム
チームリーダー: 重本和宏
研究紹介:
本研究チームは、脳の老化や身体の虚弱化の初期段階で変化する遺伝子及びその産物(蛋白、糖鎖等)を探索し、それらを高感度に検出する技術を開発して老化バイオマーカーによる健康監視システムを確立することを研究目的としています。これらマーカーの候補は(1)酸化ストレスによる変化(MnSODを始めとする抗酸化酵素の組織特異的変化及びレドックス制御系の変化)(2)老化関連タンパク質(SMP30、シトルリン化蛋白質)(3)プロテオーム技術を使用した網羅的解析から得られる老化により変動する蛋白群等です。有用性が検証されたマーカーは抗体チップやマルチプレックス技術を用いて高感度体液測定システムを開発し、臨床やフィールド調査へ応用していきます。 また、神経筋接合部位形成の分子メカニズムと老化現象を解明します。
主な研究テーマ:
研究課題として、寿命制御遺伝子に関する分子生物学的研究を中心的に行っている。分子遺伝学的手法を用いて長寿命変異モデルマウス、および老化モデルマウスを作製し、そのマウスを解析する事で高等動物の寿命決定機構を解明することを目指している。また、アルツハイマー病に関する分子生物学的研究についても重要な研究課題としている。アルツハイマー病脳に沈着している老人班の主成分であるアミロイドβの凝集機構の解明を通じて、アルツハイマー病における神経変性の機構解明を目指している。さらに、ワニ型のヘモグロビン変異を有するマウスを作製し、解析を行っている。このマウスは一日の走行距離が野生型マウスの2倍、走行スピードも1.3倍というスーパーアスリートマウスである。この変異ヘモグロビンに関する研究では、各種虚血性病態への臨床応用を目指している。新しい研究として介護予防緊急対策室との共同研究で、要介護状態を予測する生体バイオマーカーの検索を開始した。老化指標として注目されているバイオマーカーについて加齢や身体機能との関係を解析している。
ヒトゲノムプロジェクトの成果によってゲノムDNAの全塩基配列が解読され、私たちの体はわずか約2万個程度の遺伝子の情報に基づいて作られ、生命が維持されているということがわかりました。その結果、細胞の増殖や分化など基本的な生物の仕組みに関わる遺伝子の研究や、遺伝病を引き起こす原因遺伝子の探索などは大変やりやすくなりました。しかしその一方で、遺伝子は単なる「情報」に過ぎず、実際に細胞内で働いているのは遺伝子情報に基づいて作られた(翻訳された)タンパク質であることから、老化の仕組みや疾患のメカニズムを分子のレベルで解明するためには、やはりタンパク質を直接調べる必要があるということもはっきりしてきました。しかもタンパク質は、図1に示すように、翻訳後にリン酸化や糖鎖結合などの様々な生理的(酵素的)修飾を受ける他、ミトコンドリアなどで発生した活性酸素などの影響によって非生理的(非酵素的)な修飾も受けており、これら全てのタンパク質(プロテオーム)の全体像を明らかにすることが重要です。

古くから、活性酸素などのフリーラジカルが細胞老化を引き起こし、高齢で発症するアルツハイマー病やパーキンソン病の発症の引きがねにもなっているのではないかと疑われていますが、細かなメカニズムはまだわかっていません。 私たちが行なっている「プロテオーム研究」は、図2に示すように、生理的・非生理的翻訳後修飾を受けたものも含め全てのタンパク質を高分解能の二次元電気泳動で分離し、コンピュータ画像解析によって比較分析を行なって、細胞の老化や活性酸素の影響で変化したスポットを探し出し、さらにそれを切り出して酵素消化を行なった後に、質量分析装置を用いてタンパク質の同定と翻訳後修飾の解析を行なおうというものです。このようなプロテオーム研究は、老化に伴い変化するタンパク質(老化バイオマーカータンパク質)を探索したり、酸化ストレスによって変動するタンパク質(ストレスマーカータンパク質)を探索したりするのに大変有効な手段です。私たちはプロテオームの研究手法を用いて、主に中枢神経系の細胞が酸化ストレスによるダメージを受けた時に、細胞内でどのようなタンパク質に変化が起きるのかという ことを調べています。
また私たちは、 プロテオーム研究によって得られた大量の情報をデータベースとしてコンピュータに蓄え、随時必要なデータを選択的に取り出して解析を行うための情報管理システム(LIMS)の開発にも取り組んでいます。
年をとると私たちの身体機能は低下し、さまざまな支障が増えてきます。このような機能低下の原因として、身体を構成するさまざまな分子の酸化損傷が重要視されています。加齢に伴って酸化と還元とのバランス(レドックス制御)が酸化側に傾くことが老化の進行に関与するのではないかと考えられているのです。私たちの研究班は老化の進行や老年病の発症に酸化損傷がどのように関与しているのかを分子レベルから解明し、その成果を老化遅延や老年病発症予防などに応用することによって健康長寿に貢献することを目指して研究を進めています。
私たちの寿命や老化の速度は遺伝子によって制御されていますが、環境にも影響されると考えられています。最も影響すると考えられているのが活性酸素による傷害であり、その傷害の蓄積は活性酸素の発生量、身体の防御能、修復能のバランスに依存しています。身体の酸化ストレスに対する耐性を知るには、それらの量や活性を信頼性高く測定しなければなりません。老化の進行具合を示すことの出来る信頼性の高いマーカーを測定する方法の確立に努めています。また、成長ホルモンは私たちの成長に欠かすことができませんが、成長ホルモンを欠くマウスは代謝が低下し抗酸化酵素活性も上昇して寿命が延長されます。私たちは成長ホルモンが低下した自然発症矮小ラット(SDR)においても寿命が延長されることを確認しました。SDRにおいて、抗酸化活性の上昇が酸化傷害の低減に寄与するのか、代謝速度に変化があるのかなどについても研究を進めています。酸化ストレスに対する耐性を正確に測定するシステムの構築に努め、老化と酸化ストレスとの関係を明らかにしていきたいと考えています。
雄性自然発症矮小ラット(SDR)とSDラットの生存曲線
SDRの平均寿命(29.3±3.3月)は、SDラット(22.5±4.7月)より30.8%と有意に延長した。
加齢に伴い私たちの身体機能は低下し、様々な故障も増加してきます。このような加齢現象の背後には身体を構成する様々な分子や臓器機能の変化が存在しています。私たちの研究グループは、加齢に伴い発現が変化する種々の遺伝子群や蛋白質群を解析することによって、高齢者が有する身体機能の不全を早期に、しかも正確に検知し、抑制するための方法論開発を目指しています。
今までの研究から、加齢に伴い減少する生体分子SMP30を発見し、老化における重要性を明らかにしてきました。この分子は生体内外からの傷害に対して細胞の抵抗性を増強し、寿命を延長させる働きがあります。SMP30は老化バイオマーカーとしての有用性も期待されています。もう一つの重要なテーマであるシトルリン化蛋白質は私たちの外表面を覆う皮膚の角層形成にとても大切です。良い働きを持つ反面、悪い働きも見えてきました。最近の私たちの研究からシトルリン化蛋白質がアルツハイマー病発症要因の一つである可能性が次第に明らかになってきました。
老化とは多くの生体分子や環境因子、遺伝性因子が相互に複雑に絡み合った一本の糸です。私たちは、その糸をゆっくりと確実に解いて行かなければなりません。解き終えた時、そこには元気で活発な高齢者がいきいきと暮らせる社会があると期待しています。
運動器の老化
研究メンバー:
清水孝彦、小河原 緑、高橋真由美、森泉栄子、戸田年総、中村 愛、森澤 拓、金子孝夫、新海 正、佐々木 徹、田原正一、石神 昭人、丸山直記、久保幸穂、半田節子、福田 貢、島田信子、重本和宏
非常勤研究員 : 廣田三佳子、

